「手数料無料」は、誰にとって無料なのか。金券ショップで考えてみた
日本株の売買手数料は、いまや0円だ。わたしが注文を出すのは月に数回くらいだけれど、何回押しても1円も引かれない。
なのに、証券会社は過去最高益を出している。
「タダより高いものはない」と言うけれど、本当にそうなのか。それとも、本当にタダなのか。
前の記事でアメリカの仕組みを少し調べたら、思ったより奥があった。今度は日本の話として、もう一段だけ掘ってみる。
1. 手数料が無料なのに、どうやって儲けているのか
まず、事実の確認から。
その後も追随が続き、いまは約定代金がいくらでも無料のところが多い(条件は各社ちがう)
→ それなのに、各社は過去最高益を更新している
値下げをして、利益が増えている。ふつうに考えると、おかしい。
どこかに、別の入り口があるはずだ。
2. 昔は、はっきり払っていた
いまが特別なのか、昔が特別だったのか。まず歴史を見た。
| 年 | できごと |
|---|---|
| 1975年5月 (米) |
固定制を廃止。それまでは取引額の1〜2%が一律だった |
| 1999年10月 (日) |
完全自由化。それまでは100万円の取引で11,500円 |
| 2019年10月 (米) |
大手がそろってゼロに |
| 2023年秋 (日) |
ネット証券大手が国内株をゼロに |
買って、すぐ売る。それだけで資産の2.3%が消えていた時代が、1999年まであった。
50年かけて、1〜2%が0%になった。
安くなったことは、まちがいなくいいことだ。わたしも、その恩恵を受けている。
ただ、払う痛みがなくなったということでもある。
3. 株の売買には、必ず「相手」がいる
ここから仕組みの話になる。わたしはここが分からなかったので、金券ショップにたとえてみる。
まず大前提から。あなたが株を「買う」ということは、同じ瞬間に誰かが「売っている」ということだ。
昔は、取引所が売りたい人と買いたい人を引き合わせていた。いまは、その間に「お店」が入っていることがある。
お店は、いつも2つの値段を出している。「1,000円で買い取ります」「1,010円でお売りします」。
この10円の差が、お店の儲けだ。
そして大事なのは、これが特殊なやり方ではないということ。両替商も、中古車屋も、卸売りも、安く仕入れて高く売るという同じ形をしている。手数料より、ずっと古い商売だ。
4. アメリカでは、お店が証券会社にお金を払っている
アメリカでは、この構造が一歩進んでいる。
お店は、証券会社にお金を払う
→ だから証券会社は手数料をゼロにできる
規模も出ている。2021年、アメリカの大手12社が受け取った額は38億ドル。
お店がお金を払ってまで個人の注文をほしがる理由は、相手として都合がいいからだ。プロの投資家は特別な情報や分析で動くので、相手をすると損をしやすい。個人の注文には、そうした情報が乗っていないことが多い。
このあたりは前の記事に書いた。
5. 「板より高く買わされる」わけではなかった
ここで、わたしの予想が外れた。
てっきり、掲示板より高い値段をつかまされていると思っていた。でも、数字は逆だった。
お店で買うと:100株のうち66株
→ お店のほうが、約7倍多い
お店を通したほうが、掲示板より安く買えることが多い。これを価格改善という。
金券ショップの人が「掲示板は1,010円ですけど、うちなら1,008円でいいですよ」と言ってくれる状態だ。業界がいちばん強く主張するのが、ここになる。
たしかに、ぼったくられてはいない。
6. でも、差額の行き先を見ると
引っかかったのは、その次だった。
あなたが得した2円は、どこから来たのか。そして、残りはどこへ行ったのか。
| 誰のところへ | 10円のうち |
|---|---|
| あなたに戻る | 2円 |
| 証券会社へ | 0.1円 |
| お店に残る | 7.9円 |
戻ってくるのは、10円のうち2円だった。
5章で「うちなら1,008円でいいですよ」と言われた2円が、これにあたる。
そして目を引いたのが、真ん中の行だ。証券会社の取り分は、0.1円しかない。1回の注文で入るのは、その程度ということになる。だとすると、証券会社の稼ぎは別のところにあるはずだ。
もうひとつ、気になる数字があった。掲示板より高く買ってしまった割合だ。
お店で買うと:100株のうち7株
→ お店のほうが、3倍以上多い
安くなるほうにも、高くなるほうにも、お店のほうが振れが大きい。
つまり、こういうことだった。平均すれば得なのは本当だけれど、1回ずつ見ると当たり外れがある。
損はしていない。ちゃんと得もしている。ただ、10円のうち8円近くは、お店のものだ。
7. 無料には、条件がついていた
日本には、アメリカのようなお店から証券会社への支払いは確認できない。その意味では、事情が違う。
ただ、調べていて「なるほど」と思ったことがあった。
手数料が無料になるコースには、条件がついている場合がある。
SOR注文は、複数の市場を自動で比べて、有利なところへ回す仕組み
→ その接続先には、取引所のほかに私設の市場や自社のダークプールも含まれる
ダークプールというのは、取引所の板に出さずに売買を成立させる場所のことだ。言葉の響きは怖いけれど、やっていることは3章のお店と同じで、注文の相手方になるというだけになる。
日本のネット証券も、同じような仕組みをすでに持っている。
→ つまり取引所より不利な値段にはならない
アメリカとの違いは、ここだった。
「お店が相手方になる」形は日本にもある。でも「お店が証券会社にお金を払う」形は確認できないし、不利にしないルールが明文化されている。
ただ、ひとつはっきりしたことがある。無料は、ただの親切ではない。条件がついているということは、証券会社の側にも、そうする理由があるということだ。
8. では、どこで儲けているのか
手数料をゼロにして、なぜ過去最高益なのか。
その前に、ひとつはっきりさせておきたい。ここまでの差額の話は、すべてアメリカの数字だ。
7章で見たとおり、日本では、お店から証券会社への支払いが確認できない。つまり日本の証券会社は、あの0.1円にあたるお金も受け取っていないことになる。
手数料もゼロ。差額の分け前もない。だとすると、なおさら分からなくなる。
そこで、日本のネット証券が何で稼いでいるのかを調べた。
まず分かったのは、そもそも無料にできる下地があったということだ。無料化に踏み切る前の時点で、あるネット証券大手の国内株の委託手数料は、営業収益の11.2%ほどでしかなかった。
残りの9割近くは、はじめから別のところから来ていた。
| 入り口 | 中身 |
|---|---|
| 信用取引の金利 | お金を借りて売買する人から受け取る利息。年2〜3%ほど。取引が活発なほど増える |
| 投資信託の信託報酬 | 残高がある限り、毎日少しずつ入り続ける。売買がなくても積み上がる |
| 口座数そのもの | 無料は客集め。口座が増えれば、その人たちが投資信託を積み立て、一部は信用取引や外国株もする。つまり上の2つが、人数ぶん増える |
| その他 | 外国株の為替、FX、IPOの引受、グループの他サービスへの案内など |
信用取引の金利は、お金を借りて売買する人から受け取る利息だ。年2〜3%ほどで、売買が活発なほど増えていく。 いっぽうで、新NISAがここに重なった。証券会社のNISA口座数は2023年末の1,428万から、2024年末には1,803万まで増えている。
投資信託の信託報酬は、残高が増えれば自動的に増える。しかも、その人が売買しなくても入り続ける。
つまり、こういうことだった。
→ 口座が増える
→ その人たちが投資信託を積み立てる
→ 信託報酬が、毎日入り続ける
つまり、薄利多売だ。
→ 100万円あずけても、1年で1,000円ほど
→ しかもそのうち証券会社の取り分は、さらにその一部
1人あたりでは、年に数百円にもならない。だから、人数が要る。
手数料をゼロにするのは、その人数を集めるための費用だった。
「無料にしたら儲からなくなる」ではなく、「無料にしたから儲かった」。
実際、無料化はそこで止まっていない。2023年12月には、米ドルと円の為替手数料もゼロになった。それでも各社は、最高益を更新し続けている。
そう考えると、2章の50年史ともつながる。手数料は、下がったのではなく、置き場所が変わった。
9. 取引が多いほど、得をする人と損をする人
ここまで調べて、いちばん引っかかったのはここだった。
8章で見た入り口のうち、信用取引の金利は、借りているあいだずっとかかる。年2〜3%ほどで、活発に売り買いする人ほど、使う場面が増える。
いっぽうで、信託報酬は売買しなくても入る。むしろ、持ち続けてもらったほうがいいお金だ。ネット証券が積立をすすめるのも、それで説明がつく。
証券会社のなかに、向きの違う入り口が同居している。どちらが主力なのかまでは、外からは分からなかった。
それでも、取引が増えると得をする側があるのは事実だ。では、取引が増えると、こちらの成績はどうなるのか。
古いけれど有名な研究がある。アメリカで、個人投資家66,465世帯を6年間追ったものだ。
| 誰が | 年率リターン |
|---|---|
| 市場全体 | 17.9% |
| 66,465世帯の平均 | 16.4% |
| そのうち、売買がいちばん多かった層 | 11.4% |
売買が多い層だけ、市場全体に6.5%も負けている。同じ6年間、同じ市場にいたのに、である。
日本で同じ調査があるわけではない。ただ、売り買いの回数が多いほど成績が落ちるという傾向は、国が変わっても起きそうだと思った。
ここで、2章の話に戻ってくる。
100万円の取引で11,500円かかっていたころ、人はそう何度も押せなかった。高い手数料は、ブレーキでもあった。
いまは、押す痛みがゼロだ。
では、誰にとって無料なのか。
→ でも証券会社にとっては、無料ではない。信託報酬や信用取引の金利で、あとから回収している
10. わたしは、なにも変えなかった
調べてよかったとは思っている。手数料が無料でも、その先にお金の流れがあることは、なんとなく分かっていた。ただ、どこで誰がいくら取っているのかは、ずっとぼんやりしたままだった。
ただ、正直に言うと、わたしにはあまり関係のない話だった。
オルカンを毎月積み立てて、日本の高配当株を117銘柄持っている。積み立てているのはオルカンだけで、買ったら基本的に動かさない。相場は読まず、航路を守ると決めている。
8章で見た入り口を、自分にあてはめてみた。
売買の回数 … 月に数回。積み立ては自動なので、押してすらいない
信用取引 … やっていない。借りていないので、金利もかからない
だから、何かを変える必要は感じなかった。
売買がいちばん多い層だけ、市場全体に6.5%も負けていた。あまり売り買いしないというやり方は、コストの面でも成績の面でも、いまのところ理にかなっている。
やらないことが、そのまま答えになっている。
最後に、この記事を書きながらずっと頭にあった言葉を置いておく。インデックス投資の生みの親、ジョン・ボーグルのものだ。
払わなかったぶんが手に入る
ジョン・C・ボーグル
手数料はゼロになった。それでも、払っているものはまだある。信託報酬も、売買のたびの差も、借りたお金の金利も。
そのどれもが、リターンから引かれていく。裏を返せば、減らしたぶんは、そのまま自分の取り分として残る。
だからわたしは、余計なコストを払わない。再現性の高い方法で、これからも淡々と続けていく。そこは変わらない。
11. まとめ
- 日本株の売買手数料は2023年秋にゼロになったのに、証券会社は過去最高益。どこで儲けているのか調べた
- 手数料は50年かけて消えた。米は1975年まで取引額の1〜2%、日本は1999年まで100万円で11,500円。買ってすぐ売るだけで資産の2.3%が消えていた
- 売買には必ず相手がいて、いまはその間にお店(マーケットメーカー)が入る。買値と売値の差で稼ぐ、金券ショップと同じ形
- アメリカではお店が証券会社にお金を払う(2021年に大手12社で38億ドル)。掲示板より安く買えた割合は取引所100株のうち9株、お店は66株。ただし差の10円のうち、あなたに戻るのは2円、証券会社へ0.1円、お店に7.9円
- 日本ではお店から証券会社への支払いは確認できない。かわりに無料コースには条件があり、接続先にはダークプールも含まれる。ただし各社の方針で取引所より不利な値段にはならない
- そもそも下地があった。国内株の委託手数料は営業収益の11.2%ほど(無料化前)。信託報酬は残高がある限り毎日入り、新NISAで証券会社のNISA口座は1,428万→1,803万に増えた
- つまり「無料にしたら儲からなくなる」ではなく「無料にしたから儲かった」。信託報酬は年0.1%前後なので人数が要る。手数料は下がったのではなく、置き場所が変わった
- 66,465世帯を6年追った研究では、市場全体17.9%に対し、売買がいちばん多かった層は11.4%。100万円で11,500円かかっていたころ、人はそう何度も押せなかった。いまは押す痛みがゼロ
- 答えは、わたしたちにとってはほぼ本当に無料。でも証券会社にとっては無料ではなく、信託報酬や信用取引の金利であとから回収している
- 自分にあてはめると、いちばん関係があるのは信託報酬だった。ボーグルの「投資では、払わなかったぶんが手に入る」のとおり、減らしたぶんはそのまま自分の取り分になる
・手数料の自由化(日):「株式売買手数料完全自由化から25年」/The Japan Times「Zero-commission services intensify brokerage competition in Japan」(2023年10月)
・価格改善と差額の配分(この記事の中心データ):Dyhrberg, Shkilko & Werner「The Retail Execution Quality Landscape」(Journal of Financial Economics, 2025)
・PFOFの制度背景:The University of Chicago Business Law Review「A Disclosure Gap in the Market for Order Flow」/米議会調査局「Payment for Order Flow: The SEC Proposes Reforms」
・無料コースの条件とSOR注文:楽天証券「SOR注文」/SBI証券「SOR注文について」
・オルカンの信託報酬:日本経済新聞「eMAXIS Slim 全世界株式(オール・カントリー)のコスト」
・収益構成と為替手数料の無料化:ニュースイッチ(日刊工業新聞社)「株式取引に無料化の波…SBI証券・楽天証券は収益減の影響どう払拭するか」/SBIホールディングス「『米ドル/円』の為替手数料無料化のお知らせ」(2023年11月)
・売買回数と成績:Barber, Odean「Trading Is Hazardous to Your Wealth」(Journal of Finance, 2000)
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